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置き刀について

 天心流兵法では武家礼法に則った「置き刀」(おきがたな)と称する作法よりの技法を伝えております。
 これは文字通り座った時に刀を置く事を示します。
 古くは休太刀(やすめだち)と称しました。

 この置き様については細かく教えが御座います。

 武士が大刀を帯びたまま屋内に入るという事は、基本的に稀なケースです。
 (※1)
 自宅の場合でも、軒先や玄関にて大刀を脱刀(刀を外す事)してから上がります。

 訪問先の場合には同じく脱刀の後、刀番などに預けるか、刀掛けがある場合はそこに掛けます。
 この場合は脇指のみで訪問することとなります。

 心安い間柄であったり、訪問先の主より訪問者の方が身分が上の場合などには、刀を持ったままで客間に通されることもありましたが、中間などが一度刀を預かり、主の部屋まで運び、訪問者が座したのちにその側に刀を置く場合も有りました。
 下士では小者も居ない場合があるため、家人が受け取って運ぶ場合もあったと言います。

 そのまま通された場合には、いわゆる提げ刀という状態で刀を持ちます。
 天心流では神前や畏まった席での提げ刀と、普段の提げ刀を分けて用いております。

●提げ刀
提げ刀
(天心流兵法初学集より)

 これが通常の提げ刀です。
 本来持つ手の位置は、栗形より後方に成る程を目安とし、鍔に手が触れぬように注意します。
 これは刀を抜かぬという事を示す作法です。

 しかし稽古では何かの拍子で鞘走りなど起こらないように、写真のように鯉口近くを持ち、拇指にて鍔を控えて持ちます。
 (稽古に用いる刀は、抜刀の稽古によって鯉口が緩くなりやすいがゆえの用心となります)

 入室、着座の際には大刀を置きます。
 前述のとおり天心流ではこれを置き刀と称します。
 他流ではどのように呼んでいるのかは存じませんが、その置き様については各流のみならず、各藩、各家、各礼法流儀によって異なるものと思われますが、ここでは天心流における刀の置き方を紹介致します。

●右置き刀(陰)
右置刀
(天心流兵法初学集より)

 これは相手が目上であった場合や、畏まった席にて用います。
 少し前まで、左利きは矯正されたものですが、武家社会では右腰に帯刀する事は許されませんでしたので、基本的に右利きとなります。
 ですから右に置くというのは、咄嗟に抜刀など出来ない事を示した作法となります。

 柄頭を前、切っ先を後ろ、刃を吾に向けて置きます。
 股に近づけるほどに、警戒心を示してしまいますので、基本的には股より拳二個から三個程あけます。
 あまり感覚をあけすぎますと、今度は無作法となるので注意が必要です。
 
 相手との間合いによって、柄頭を膝頭の位置とするか、鍔を膝頭の位置とするか、変わってきます。
 前者は真の間(四尺)、後者は行の間(五尺半)以上とされております。
 写真は行の間以上の場合の置き様になっております。

●左置き刀(陽)
左置刀
(天心流兵法初学集より)

 これは同格や目下に対して、またくだけた席である場合、そして警戒が必要であったり、警戒を相手に示す場合に用いる置き様となります。
 左手にて刀を持ち、鯉口を切ればすぐに抜刀出来ます。

 他は右置き刀と同様です。

●後ろ置き刀(暗)
後置刀
(天心流兵法初学集より)

 これは大刀を持って着座する際の、もっとも礼を尽くした作法になります。
 鍔は陰陽(左右)いずれの場合も御座いますが、基本的には上座下座を配慮して置きます。
 (切っ先が上座に向かぬように置く)

 刃は吾に向けます。
 我が身と平行に置き、吾の中央に刀の中央が来るように置きます。

 後ろに刀があれば、やはり咄嗟には用いる事が出来ません。


 このように基本三種類の置き刀があります。
 他には特殊なものとして、小尻(切っ先)を前とする場合や、刃を外とする場合(古伝太刀の作法)も御座います。

 そして陰陽暗(左右後)、また他の状態からの多種多様な技法が天心流には存在致します。

 日本武術史研究家武の平上信行先生の著作「極意相傅 第二巻」に次のような記述があります。

 正座時に於いて大刀を差す事なく、場合々々に応じて右や左、後ろに置くであろう。そのおりの抜刀法、また鞆鞘の用い方は時々時代劇で見聞する事が出来るが、古流の武術の中では殆ど見受ける事が出来ない。
 特に右側(もしくは背後)においた刀を扱う方法論を示す流儀は皆無に近いであろう。

「極意相傅 第二巻」平上信行編 108頁


 天心流兵法では、この置き刀にて、対者がこちらに危害を与えんと行動した際に、それを抜かずに封じる技法を殿中刀法鞘之中(でんちゅうとうほうさやのうち)と称し傳えております。

 そしてそれぞれの置き刀からの抜刀技法も伝承しております。
 いつでも抜く事を学ぶという意味でこれらを抜刀(ぬきうち)と総称しておりますが、特に使命を帯びての上意討の技法は抜討(ぬきうち)と書きます。

 こういった抜刀(ぬきうち)の技法(中でも特に抜討の技法)は、昔日では秘太刀として隠されたものでした。
 秘太刀と申しましても、そもそもすべての技は公とするものではなく、門人以外に軽々しく見聞を許すものではありませんでしたから、大意で言えばすべての技が秘太刀と言っても過言では御座いません。
 しかしここで言う秘太刀とは門人でも一部許された者が教わった技法を指します。
 性質上知られてしまえば効果が無くなってしまうからです。

 ですから、他の流儀に於いても、やはり各流隠しているのではないでしょうか。

 しかし武士の時代は終わり、実生活において落ち歩くのは刀ではなく携帯電話となりました。
 この時代に実用性が無いものをただ悪戯に秘めても、知られずに埋没してしまいかねません。
 そのように危惧した中村天心師家は演武などで徐々に公開するようになりました。

 また門人にも初学者からそういった秘太刀を指導致しております。
 なかなか現代人の感覚からは、その価値というものは理解出来るものではありません。
 確かに武家社会が崩壊した現代において、その実用性という観点からは、価値が無いものです。
 しかしこれを当時の武士は真剣に学び、そして時には身命を賭した使命の場において用いたのです。
 その文化的な価値を真に理解し学んでくれる門人には、これをただの資料ではなく、実伝として形骸化する事無く伝えていくというのが、現代の天心流兵法の使命なのではないかと思います。

※1 江戸武家事典によれば次のような特例があります。

検使と帯刀の作法[補] 
 検使は切腹人が大名ならば大目付と目付、諸士ならば目付と徒目付が拝命する。もちろん、正副使とも上使なので、預り人の屋敷では退出するまで両刀を帯している。普通武士が他家を訪問する際は、玄関で大刀を刀番に預け、小刀のみで客間に通るか、或いは大刀を右手に下げるのを礼儀としたが、上使ゆえに帯刀のままなのである。

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