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天心流兵法 運営制度改正のお知らせ

 当記事は大変長くなっておりますので予め御了承下さい。

 今回、流儀運営に関してまして大きな変更を決定致しました。
 これは流儀にとりまして非常に重要な事であり、金銭が関係する事でもありますので、流儀内においてのみの問題ではないという事で、経緯説明、ならびに所信表明をさせて頂きます。
 
 まず具体的な変更点ですが、これは会費の値上げとその用途です。
 これまで会費は本部、新宿支部、浦安支部は1500円、柿生支部は稽古場の使用料と門人数の都合により3000円として参りました。
 これは会場の使用料など流儀の諸運営費、並びに天心先生の交通費として集めてきたものであり、謝礼という意味での月謝ではありませんでした。

 これを稽古回数によって月二回までを3000円、三回回以上を5000円と改めます。
 そして運営費より鍬海への禄を支給するという制度に変更致します。

 天心先生の師匠である石井先師は「自分からいくらいくらと言って持ってこさせてはいけないよ」と教えておりました。
 本来は主君から禄を頂戴するものであり、それ以外は各々が気持ちに委ねるべきものであって、制度化してしまうと武術家ではなく武術屋になると。

 天心先生もその言葉を守って、基本的に月謝を受け取って指導はされませんでした。
 私が入門当初は会費も無く、都度必要に応じて割り勘にしておりましたが、これは却って面倒なために、私が提案して会費制を導入して現在に至ります。

 天心先生からは「私は師匠からそう言われてるから守ってるだけで、君らは時代が違うから、君の時代になったら月謝とってやっていいんだよ」と入門当初から言われておりましたが、やはり天心先生が先師の教えを守ってきた中で、私達がそれを変える事は出来かねましたし、何より師家を受け継ぎました今となりましても、「指導の謝礼」というものはやはり受け取れません。
 何より兵法指南は師家としての当然の務めであり、謝礼を伴って行う行為ではないからです。

 これは「謝礼をとる価値がない」というのではありません。
 代々当流・当伝系が受け継いで参りました貴重な財であり、この価値は比類なきものであるとういう自負が御座います。
 しかし師家が許されて入門した門人に指南するのは当然の事であって、謝礼と引き換えに伝授するものではありません。
 これは伝位(天心流兵法では「初許」「中許」「奥許」「切紙」「目録」「免許」「皆伝(相伝)」の七段階です)についても同様です。

 ですが天心流という流儀を今後も守り続けるという事は、容易な事ではありません。
 これまで仕事の両立を図ってまいりましたし、今後もある程度は可能だとも思っております。
 しかし「ある程度」ではやはり許されないのです。

 実際、天心流の為の時間を割くため、三年程前から仕事を減らしてもおりましたし、一~ニ年程前から御交流いただいている他流の先生からのお言葉もあり、天心先生からも仕事を減らして武藝で身を立てる事を考えるようにとも諭されておりました。

 天心先生ご自身も早くに奥様を亡くされ、男手ひとつで三人のお子様を育てながら仕事という事で、まとまった稽古時間を取れるようになったのは、お子様方が成人され、定年を迎えての事でした。
 他にも門人を公に集めるだけの拠り所となるはずだった伝書の焼失などもあって、本来であれば武藝で身を立てて、一門率いて流儀の保存伝承に精力を注ぐはずが叶わなかったそうです。


 相伝印可を受けておりますが、天心先生から今の日々ファックス、書付、電話、直伝にてさらに細やかな教えを伝授されております。
 そして私が入門二ヶ月後より許可を頂いて撮影を始めた映像もあります。
 仕事と稽古の合間にそれらをまとめてはおりますが、本当に膨大な情報量であり、このペースですと総てをまとめあげるまでに十年以上かかるかと思われます。

 ただ概ね遺すという事であれば、業が仕上がって、目録が伝わればそれで済むかもしれません。
 そういう意味では私は、伝書が焼失したの事が却って良かったのかとも思います。
 伝書の記載事項(と申しましても、天心先生がくずし字を判読出来るようにと、石井先師が文章の隣に全部書き改めてくれた内容ですが)、どのような絵であったのか…という事はもちろん、その際の石井先師の口伝、どこでどのような状況で何をどのような言葉で指導されたのか…という詳細の詳細に至るまで、微に入り細を穿つ心持ちでデータベース化出来てきています。

 私が完璧主義体質という事もありまして、伝書が焼失している事で、却ってそのように拾えるものは僅かな情報でも拾って後代に遺すという執念と使命感があります。
 天心先生に少々煙たがれらつつも、纏わりついて教えを受けまして、天心先生からも思いついたら喩え夜中であっても電話とファックスを頂き、お呼びを受けてはお伺いするという生活をしてまいりました。

 しかしまだまだ総てを受け継げたわけではありません。
 もちろん相伝とは何も全情報という意味ではありませんが、現代の伝統保存の価値観からは、総てとは、可能な限り総てという意味だと考えております。 
 天心先生が先代と過ごしたのは半世紀も前ですから、すぐ思い出せるわけでもありませんし、またまとまった形で思い出せるわけではなく、時には本当に断片的な先代の言葉だったりもします。
 そして天心先生が先代に学んでいた期間も決して短い年数ではありません(十年近く)。

 考えたくもない事ですが、人に許された時間には限りがあります。
 砂時計の砂が尽きれば逆さにすれば済みますが、人間の一生はそのようには出来ません。
 吾々には時間がありません。
 いつまでも天心先生にはお元気で居て欲しいという願いはありますが、その願いに胡座をかいてのんびりとしている暇はありません。


 二ヶ月ほど前、いつものように仕事の休憩と称して天心先生のファックスをまとめておりました。
 そのファックスの内容にもよりますが、概ね二〇分ほどかかります。
 私が必要そうな部分のみ完全にピックアップしてもよいのですが、天心先生は思い出した伝書の記載内容をそのまま写している場合もあるので(そのようには説明が書かれてるわけではないのですが、長年写しつつ口伝を受けている内に、文章で概ね分かるようになってきました)、極力全文タイプしてまとめます。
 さらにそれがどういう意味なのかの解説も加えなければなりません。
 散逸的な場合は、行毎にまったく項目が別な場合もあります。
 ようやく一枚まとめましたが、山積みなままのファックスや書付、メモに流石に限界だと悟りました。

 本気で流儀を伝承するならば、このまま「ある程度」に落ち着く事は出来ません。
 私のある種病的とも言える執着心と、幼少時より才能が無いと言われながらも武道にかけてきた情熱、そういったすべてのものが認められ、天心流の師家としての御役目を授けられたのです。
 それは「ある程度」天心流を遺すためでは断じてありません。

 何をもって欠伝と呼ぶべきか、その境界線ははっきりしたものではありません。
 当流における定義では相伝印可を授かった段階で現状では失伝は免れております。
 また持て余すほどに膨大な伝授体系は確り相伝しました。

 ですがやり残した、という悔いがあればそれは欠伝に等しい後悔だと思うのです。
 それでは遠祖、流祖より代々の師家、また門人に顔向けが出来ません。

■ 体制の構築

 また現状ではやはり門人への指導も不十分です。
 限られた時間でやりくりしておりますので、指導のためのカリキュラムをきちんと組むことも中々出来ません。
 本来口伝された概ねの指導手順に従って指南を行うべきものですが、概ねなので階梯ごとにきちんとカリキュラム化するのも、まとめが進まないと中々完成しません。
 また指導時間も限られます。

 これではせっかく天心先生から直伝を授かる機会があるにもかかわらず、天心流を存分に学んで頂く事が出来ません。
  
 またそのようにして指導体制を整えて門人を育成する事で、一人でも多くに相伝しなければなりません。
 師家は唯授一人となっておりますが、しかし師家はあくまでも流儀を統括する立場であって、教えを独占する事が目的ではありません。
 ですから相伝に至る人間は何人居ても良いのです。
 理想は複数名の相伝者を育て、当代師家に何かあった場合でも、即座に高弟によって相伝者から師家を擁立する事が出来るようなシステムの確立です。

 このような体制の構築は入門から出来る限りの範囲で取り組んで来ましたが、まだとっかかり程度のものでしかありません。
 これには途方も無い手間と時間を要するもので、片手間に出来うる事では到底ありません。
 ですから私は門人への指導の謝礼として会費より禄を頂くのではありません。
 門人それぞれから負担をしてもらって、流儀に捧げるという事です。

 決断をした後、まず古参の門人に説明をし、心配を含めた形でご賛同を頂き、その後に天心先生の許可を頂きました。
 天心先生は私の話を聞くやいなや「許可も何も代を譲ったのだから好きなようにしなさい」というお言葉を頂き、本当に嬉しそうな様子でした。
 その後に稽古に来ている門人、連絡がつく門人に順次、直接、電話、またメールなどで事情を説明致しましたが、有難いことに全員の賛同を得る事が出来ました。

 天心先生だけでなく最古参の武井師範からは「当代師家なのだから自由に決めて良い」というお言葉を頂きました。
 確かに最終決定は私がする事です。
 ですが流儀は師家の所有物ではありません。
 「好きにして良い」と仰ってくださる天心先生ご自身も、流儀を保存するという意味においては、決して妥協を致しません。
 それが流儀のためであれば決断する事もあるのでしょうが、私利私欲の為に流儀を使うという事があるようでは、決して師家が許されません。
 石井先師も天心先生への確固たる信頼があったからこそ、天心流の跡目を任せたのでしょう。

■ 公明正大な大義名分

 現在天心流はネット上ではかなり広報活動にチカラを入れておりますので、随分門人も集まっていると思われているかもしれません。
 確かに右肩上がりで門人は増加しておりますが、直線であって二次関数のような曲線の急増加という事はありません。
 (それでも門人数が増えているのは確かなので、指導不足とならないよう稽古回数を増やし、また独習の一助となるような門人向けブログなども更新しております)

 なので現状では到底これでまともに生活は出来ません。
 また天心流の会費が安かったので入門したという門人もおります。
 各々の事情がありますから、既に入門した門人についてはこれまで通りの会費据え置きも認めております。
 これは永続的に可能なものであり、当然ながら謝礼ではありませんから、それによって何か差別をするという事は決してありません。
 (今後入門頂く方にはこの記事の内容をご理解頂いた上で、新しい会費にてお願いを致します。)
 会費据え置きの人数分、また厳しいものがあります。

 私も生きていかなければなりませんから、今後も門人を増やさなければなりません。
 急激に拡大して肥大しておかしくなるという心配、また逆にまったく門人が増えず食い詰めるのではという心配もあります。
 (もちろんすぐ一切仕事を辞めるという事ではないのですが)

 ですが私が入門するより前から天心流を支えて守ってきた兄弟子、また私が入門後に共に修業してきた古参の門人もおりますし、また師家となった後に入門した門人も、皆、流儀の未来を真剣に考えている方々に囲まれております。
 またまことに有難い事に門外にも厳しく温かく天心流を見守ってくださる多くの有識者の方々もいらっしゃいます。

 現在の天心流の本義であります、流儀伝承という道をもし誤りそうになった時には、それを正して頂けるものと信じております。
 (もちろんそもそもそうならないように私自身が注意しなければなりませんが)
 そして同時に、天心流兵法というものは代えがたい価値と魅力を有するものだという確信もあります。
 だからこそ決して無理な商売に疾走らずとも、どうにかなるだけの門人も集まるに違いないと信じております。


 もっとも如何なる理由をつけようとも金儲け主義だと批判されても致し方ない事と思っております。
 ご賛同いただけず、見限られる方もいらっしゃるかもしれませんし、それに言い訳をするつもりも御座いません。
 言い訳は致しませんが、同時に迷いも御座いません。

 この件に関しては、様々に迷いがありました。
 決断以前にも流儀をどう守っていくかと様々に迷っておりましたが、ある方に相談した所「公明正大な大義名分があるかどうかだ」と助言を頂きました。

 金儲け主義と悪く言われるかもしれない。
 食い詰めるかもしれない。
 門人に理解されないかもしれない。
 仕事は辞めたくない。

 これはいずれも私心です。
 本当に流儀のために必要ならば、本当に流儀が人生を捧げるだけの価値があると信じるのであれば、流儀が世に必要とされ永く遺されるだけの価値あるものだと信じているならば、何も迷う事はないはずだと。

 世間には本当に多くの習い事があります。
 武術・武道だけでも数えきれない程です。
 その中で天心流の価値はどうなのでしょうか?
 健康法を謳ったり、護身を謳ったり、精神性を謳ったり、或いは伝統を謳ったり…それぞれですが、そういったものと比較して天心流はどうなのでしょうか?
 お金を払い、時間を費やす価値のあるものと認められるものは、世の中に多数ありますが、天心流はそれらに劣るのでしょうか?

 天心流の伝統はそれらに劣る所はまったくないはずなのです。
 徳川の世を影の剣として支えるという往時の大義名分は失いましたが、古き武家社会の文化に触れながら伝統を保存し、楽しく真剣に学び、己を育て、また後輩を育成する。 
 そうして流儀を保ち、普及して千年先までの傳承を目標とする事は、人生を捧げる価値ある大道となりうるはずです。

 これは社会的にも意義のある行為であり公明正大な大義名分です。
 この確固とした自信と信念をもって邁進すると決意しました。


■ 持続可能な伝統

 徳川の世は終わりを告げ、武家社会も刀槍の兵法もその役目を果たしました。
 天心流もその本義としてはすでに役目をおえました。

 正しく兵法を保存するため、往時の精神性を受け継ぐ時代離れの心意気を持つ事は大事です。
 時代が違うから、武家の作法も心得も文化もどうでも良い…となれば、兵法の心得、技法の背景を深く理解する事が出来ず、技法は益々実体から遠ざかり、二度と再生できないまでに変質・形骸化していってしまうでしょう。
 ですから稽古においてはあたかも江戸時代の上士となり、また城士となり、天心流剣士として志に燃え、御役目を自覚するような一種のロマンを抱く事が大事になります。

 しかしながら同時に、現社会において勘違いをする事無く、天心流のあるべき姿を見据えていかなければ、失伝の危険を免れる事は出来ないでしょう。
 古武術だ武士だと傲慢な振る舞いがあれば、反社会的とみなされますし、他流との諍いで取り返しの付かない事件に発展する危険性もあります。
 
 生み出してこれを広めるのは大変困難な事ですが、潰すのは一瞬で事足ります。

 地球温暖化問題で「持続可能な社会」というのが提唱されるようになりました。
 古流武術も「持続可能な伝統」という課題がつきまとっています。
 いずれの流儀も明日正統が途絶する危険性を抱えています。
 一見すると盤石なように視えても、伝承者が亡くなれば多くを失うという事もあるのです。
 天心流の現状では、到底持続可能な体制とは言いがたく、「薄氷をかろうじて踏み進み、辿り着いたやや氷の厚い場所」が今の状態です。

 伝統を築くのには莫大な時間、そして多くの人の想いが必要です。
 特に武士が必要としていた江戸時代と異なり、現代人にこれを学ぶ必要性はありません。
 あくまでも伝統の文化としてこれを継承していくためには、当然の事ながら江戸期とは異なる工夫が必要になります。

 変えてはいけない部分、工夫しなければならない部分、そのバランスを保ちつつ、正統を護持しなければなりません。

■ 現代における天心流の目的

 現状における天心流の目的は実は二つあります。
 ひとつはまず何より天心流を長く後世に、正しく伝えていくという事です。

 もうひとつの目的は、天心先生への恩義に報いる事です。
 これは流儀の目的というより、天心先生に学んでいる一門の願いと言うべきでしょう。

 天心先生は非常に個性的であり、良くも悪くも決して尋常なるお方ではありません。
 天心流入門は天心先生との相性に大きく左右されると言っても過言ではありません。
 天心先生の欠点を上げればたくさんあります。
 しかし情の深く思いやりの強い人です。
 門人を心より大事に思い、家族のように思っています。
 道端のホームレスを見て涙し、お金を施す事もある優しさ、慈悲深さもお持ちです。
 時代錯誤で一般の社会常識から少々逸脱している所もありますが、天心先生なりの慈悲、思いやりをもって、愚直なまでに天心流を愛し、武を愛し、門人を愛し、人を愛して生きてきた御仁であり、その愛嬌と偉大さは特筆すべきものがあります。

 同じ話を何度も繰り返すし、気むずかしく怒りっぽく、すぐ感動して泣き、稽古が好きと言いつつ、お酒を飲むほうが好き。
 そんな困った方ですが憎めない、時代錯誤の侍です。

 長く天心先生に学ぶ人々は、そんな時代錯誤の侍、中村天心に惚れ込んでいるからこそ、共に歩み、共に苦労し、共に喜び、天心流兵法を学んでいるのです。

 まだ入門より年月が浅い人がどこまでこれに共感出来るかわかりません。
 ですがこれから接すれば接するほどに、実に困った方であり、同時にまた素晴らしい方だと、噛めば噛むほど味が出るスルメの如くに理解していただけるかと思います。


 天心先生の恩義に報いる。
 わかりやすく言えば天心先生を喜ばせる事です。

 門人が上達して指導者になる。
 支部が国内外に増える。
 門人が増える。
 武術界の評価が高まる。
 メディアの注目を浴びる。
 武道館や東京ドームが満員になる。

 まあ斯くの如くに、天心先生の望みは高く果てしないものがあります。
 実際、どのくらいまでが流儀の矩(のり)を踰えずに可能かわかりませんが、ともかく出来る事を少しずつでも行い、天心先生がいつもニコニコと楽しく嬉しく、喜びの涙で溺れてしまう位の光景を見せたいと願っております。

■ 流儀の夢、天心先生の夢

 天心先生が若き日に夢見た風景を一緒に見たいと思います。
 様々な事情が重なった結果、天心先生も天心流も長く表に出ることはありませんでした。
 まあ演武や大道芸などでは表に出ておりますし、また今上天皇の皇太子時代に武芸を上覧した事もあります。
 ですがそういった活動は、「多くの門人を集め育てて一門をなして流儀の名を世にしらしめる」というような夢の代償行為のような側面がありました。
 定期的な稽古時間を取る事も難しく、また故あってお子様方への相伝も諦める事となりました。

 私が入門して数カ月後、天心先生のご自宅にお招きを受けて真剣を賜りました。
 その時に天心先生は「なんでもっと早く会ってくれなかった」と涙を流していました。
 「今からではもう間に合わないよ」と。
 これはつい最近、酒の勢いで天心先生が漏らした事ですが、実は私が入門した頃、指導を辞めようとしていたそうです。
 古参の門人が海外転勤となったり、遠方への就職で稽古に通えなくなり、入門から日の浅い門人を育てる事に草臥れてしまっていたそうです。

 「もうこんなものは誰も興味ないからやらない」
 「私の代で終わりだから」

 これが天心先生の口癖でした。
 まあ私は大の負けず嫌いで「無理」と言われるのが一番嫌いです。
 何が何でもという気になりますし、片道で二時間以上かかりましたが可能な限り稽古に通い、短期間で代範(師範代)を拝命しました。
 もちろんそれまでに二十年以上の武道歴があっての事ではありますが。
 そして東日本大震災の一ヶ月ほど前に、流儀を委ねる内証として刀を賜り、翌年二月十一日に流儀の看板と共に、正式に師家を譲り受けました。

 これで相伝という意味では間に合い失伝は現状では回避出来ました。

 しかしその先を天心先生に見ていただきたいのです。
 天心先生に天心流が本当に価値あるものだと証明したいのです。
 多くの門弟が集まり、ただの剣技でもない、往時の武家の文化を含めて、それぞれ切磋琢磨、研鑽し、流儀の教えを各々が受け継いで行く。
 門人が互いに親しげに、助け合い、譲り合い、思いやり、楽しく、真剣に学ぶ。
 武道、武術界だけでなく、社会的に世辞ではなく認められる。

 天心先生は寂しがり屋で話し好きですが、話し上手ではありません。
 どちらかというと口下手で説明ベタです。
 少々常識に欠ける部分もあるため、本当に昔から誤解も多々受けており、ありとあらゆる罵詈雑言を受けてきたそうです。
 ある時には「どうせ君が作った中村流なんだろう」と直接言われた事もあるそうです。
 伝書は焼けてしまったし、今みたいな史料もなかったから、何も言い返せなくて黙っていたそうです。
 
 自業自得な部分もあるにせよ、とにかく師匠に着せられた汚名を雪ぐのは弟子の役割です。
 兵(つわもの)どもが刀槍に馳せた夢は、今も形を変えてなお生き続けるという証を示したいのです。

 天心先生が若き日に夢見た風景をみんなで一緒に見てみたいと願っております。
 多くの人が天心流を学び、現代から遠く未来に至るまで、これを守る価値があるものと認められる。
 天心先生が価値あると信じ、必死で守り伝えてきた事は無駄ではなかった事を確信できる風景。

 みんなでそこまで天心先生を連れて行きたいのです。


 大変長くなりました。
 乱筆乱文甚だしい内容となっておりますがこのような次第です。
 11月より変更を行う予定です。
 サイトなども随時更新して参ります。

 修業半ば、至らぬ身では御座いますが、どうか皆様のご理解とお力添えを心よりお願い致します。
 
   天心流兵法 第十世師家 鍬海 政雲

information

このブログは、時沢弥兵衛師を流祖とし、四百年近くの歴史を有する古武術・古武道『天心流兵法』の公式ブログです。
公式サイトは下記になります。
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また第十世師家 鍬海政雲のブログは下記となります。
http://tenshinryuhyoho.blog.fc2.com/

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