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坐礼と土下座の違いについて

 日本には古来より伏して行う礼法がありました。
 これは「跪礼」と書いて「きれい」、または「跪伏礼」と書いて「きふくれい」、また匍匐礼と書いて「ほふくれい」等と呼ばれていたようです。

 現代では概ねこれらを土下座と称しております。

 ラーメンズが出演している映像作品「THE JAPANESE TRADITION 〜日本の形〜」では土下座が面白おかしく曲解されて紹介されていますが、ある意味土下座は日本の古めかしい文化の象徴なのかもしれません。

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 ネットで見つけましたが、昨今ではさらに土下座も進化しているようです。



 いずれは国際競技化を果たして頂きたいものです。
 ちなみにもう一歩進むと土下寝というものになるそうです。
 これは原典が何なのかいまいち不明ですが、土下座の発展型としての知名度はかなりのもののようです。

■ 土下座について

 土下座とは地に伏して行われるものです。
 地=土というわけで、基本的には屋外で用いられるものです。
 現代では土下座イコール謝罪というイメージが定着しておりますが、古くは決して謝罪のみに用いられたものではなく、あくまで礼式の中の一つの形態でした。
 合戦図など見ますと、将几に坐した武将の前で平伏するような場面も見受けられます。
 礼をするにも上位者を見下すのは失礼であるという思想がありますが、もう一つ重要な事として、侍の作法として吾を不自由とする事で恭順の意を明らかにするという思想があります。
 既に主従の関係があったとしても、礼を尽くすのが軍人(いくさびと)たる侍の心得だったのです。

 と大仰に書きましたが、このような平伏という行為は、日本に限った話ではありません。
 お隣中国大陸では清朝皇帝の前で行われる臣下の礼として、三跪九叩頭の礼が知られています。
 これは両手を床に付け、また額を地に打ち付けるのを三回で1セットとし、合計3セット行うという礼法です。

 また伏拝(ひれ伏して拝むこと)はアジア圏のみならず、見られる風習です。
 猿人、類人猿、現生人類と完全な直立を獲得してきた中で、あえて地に伏す事で、尊崇の意を示すというのは、人間の本能に根ざした行動なのかもしれません。
 (動物の世界でも、身をすくめるというのは恭順の証として見られるものなので、その根源はさらに遡る事が出来るかもしれませんが)

 これが土下座と称されるようになった時代は定かではありませんが、天心流兵法では土下座の名称は用いておりません。
 天心流では野外において地に坐する際には、両のつま先を立て、膝を開いた「矢倉坐」という坐法を用います。

矢倉坐
●矢倉坐

 矢倉とは物見櫓の「やぐら」の事です。
 片膝立ち(折敷)や蹲踞を用いる場合もありますが、これは略式の場合です。
 高い位の方の前、側では基本的にこの矢倉坐にて控えます。
 片膝立ちや蹲踞はすぐに行動を起こせる姿勢です。
 両膝を屈する事で、敬意を払う意識を示すという程の意味を持たせております。

 この矢倉坐において用いる礼法ですので矢倉礼と称しております。
 これが所謂土下座になりますが、五指を立てて掌を汚さぬように付けるのが天心流の所作となります。

矢倉礼
●矢倉礼

 写真では少しわかりにくいかもしれませんが両手を鉤爪のように五指を立てます。
 これはアニメ秘密結社鷹の爪に出て来る「鷹の爪ポーズ」のような形です。

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アニメではこのパッケージのような「鷹の爪ポーズ」と共に「た〜か〜の〜つ〜め〜」と呻きます

 現代では土下座と申しますと、冒頭にご紹介致しましたシンボル化した謝罪のポーズとして受け取られがちですが、実際には日本の古来よりの正式な礼法であり、武家社会にとっては必要不可欠な礼儀作法として用いられたものであり、決して無様な姿勢ではありません。
 もちろん謝罪として用いる事もありますが、それを殊更に強調した自虐的な笑いの象徴としてのみ、海外、そして国内においても広まる事は、日本の伝統文化という側面を考えれば残念な事です。

 明治維新によって身分制度が撤廃され、四民平等の社会となり、さらに日本国憲法によって法の下の平等が規定されました。
 人類が獲得した平等社会の観点から見ますと、矢倉礼に代表される伝統的な礼法は、身分制度の残滓であり、忌むべき対象として道化というレッテルの元に貶められたのかもしれません。

 しかし現代の礼儀作法の原典はここにあるのです。
 日本が培って参りましたこの伝統的な礼儀作法。
 それは現代に通じる心の作法なのではないでしょうか。

 このような故実は時代錯誤なものとして、廃される傾向にあります。
 ですが武家の伝統が否定されるならば、それを土台として考案されてきた種々の技法の必然性も欠如してしまう事になるのです。
 ですから天心流では喩え時代錯誤でありましても、それをそのままに学び、実傅として後世に伝えていく事を使命としております。

■ 坐礼について

 以上が土下座のお話でしたが、よく見受けるが床座における坐礼を土下座と呼称されている間違いです。
 先に述べました通り、土下座とはあくまでも野外にて土の上で行うものです。
 畳の上や板の間で行われるのは、あくまでも坐礼になります。
 日本の武道、武術を学んでいる方でもこの違いについて案外ご存じない方がいらっしゃるようです。

 日本の伝統では屋内では椅子を用いず直に坐ります。
 この起居様式を床座(ゆかざ・とこざ)と称しております。

 礼式において、立ったまま坐した人に挨拶すれば見下ろす形になってしまいます。
 ですから坐礼を重んじる日本の形式が生じました。
 また特に刀を身に帯びる武士にとっては、作法は軽視出来ない重要事でありました。

 TPOに合わせて多くの礼法が確立しております。
 天心流で用いる坐礼は目落・首礼・指建礼・折手礼・拓手礼・双手礼・合手礼・合掌礼と約八種類御座います。
 (他に、古式の礼法としては爪甲礼・手甲礼・蹲踞礼なども用います)
 小笠原流礼法でも九品礼(くほんれい)として首礼・目礼・指建礼・爪甲礼・折手礼・拓手礼・双手礼・合手礼・合掌礼とあるようです。
 ただ流儀が変われば作法も変わるという事で、天心流の礼法とは微妙な違いがありますし、同じ名称でも合掌礼のようにまったく異なった礼法の場合もあります。

 一般に土下座と勘違いされがちなのが双手礼と合手礼です。
 いずれも吾の膝前に両手を置いて、頭を下げます。
 双手礼と合手礼の違いは、双手礼が両の手の平のみを床に付けるのに対して、合手礼は手の平から肘までを床に付けるようにする事です。
 また合手礼の方がやや手を前に出します。
 この動作の違いにより、合手礼は双手礼より深くお辞儀をする姿勢になります。

●合手礼
合手礼
※撮影の都合上そうなっておりませんが、本来は畳の境目は避けて坐します

■ 日本の伝統

 室内にせよ、野外にせよ、跪伏礼は武士にとって卑屈さを伴った無様な姿勢となってしまいかねません。
 そんな危うい姿勢の中で、武士はその尊厳を保ち、威儀を正した一種の様式美を完成させたのです。
 この坐礼という気品と威厳に満ちた日本の伝統は、世界に誇るべきものと天心流では考えております。

 考えてみれば、本当のお辞儀、礼法などを学ぶ事はほとんどありません。
 江戸時代には、武家の礼法であった小笠原流礼法も、その門人の手によって町人商人農民などに広まって行きました。
 武家の礼法が日本の躾の土台となったのです。
 ですが現代では坐礼どころか立礼も正しく学ぶ機会はほとんどありません。

 礼儀作法は形ではありませんが、基本となる形を知らずに形を崩す事は出来ません。
 形を知らないのは型破りではなく型無しとなってしまいます。
 冒頭の「THE JAPANESE TRADITION ~日本の形~」も正しい形があって、初めてギャグが成立するのではないでしょうか。
 天心流では本当の「THE JAPANESE TRADITION ~日本の形~」を伝承しております。
 もちろん天心流は武家礼法を指導する事を目的としているわけではありません。
 あくまで勢法(かた)の必要上、流儀に伝わる礼式を指導しているに過ぎません。
 ですがこれからの時代には日本の故実に触れ、そのアイデンティティを確立する上でも、こういった礼法は重要な教えとなっていくものと思っております。

  【鍬海 政雲】